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放影研報告 日本語版公開

原爆被爆者の死亡率に関する研究:1950-2003


放影研報告*「原爆被爆者の死亡率に関する研究:1950-2003」日本語版公開
「ふくしま集団疎開裁判の会」代表 井上利男

    *放影研(公益財団法人 放射線影響研究所
 旧ABCC

本年三月に原爆被爆者に関した重要な研究報告が公開されています。
それについて井上利男さんからアピールです。
少々固い内容ですが、ゆっくり読んで下さい。


では、井上さんからのメッセージを。
       mail:Friday, May 25, 2012 7:23 PM

 みなさん、こんばんは。「ふくしま集団疎開裁判」の会、井上利男です。
重複投稿およびBCCにて失礼します。

 3月にアメリカ専門誌オンライン版にて英語のみで公開された放影研報告
「原爆被爆者の死亡率に関する研究:1950-2003:がんおよびがん以外の疾病」は
①放射線による健康リスクに閾値はない
②被爆時年齢が若いほど、健康リスクは増大する
③健康リスクはがんだけでなく、がん以外の循環系、呼吸器系、消化器系の疾患にもおよぶ
など、われわれにとって極めて重要な事実をようやく認めています。

 この論文の存在が世の中に知れ渡りさえすれば、山下ら専門家を自称するやからたちの出る幕はなくなるでしょう。すでに「ふくしま集団
疎開裁判」ではこれが証拠のひとつとして仙台高裁に提出されていますし、原発告訴団や原発民衆法廷でも活用できるはずです。

ところが公式の公表では、日本語で読めません。英語帝国主義ということばがありますが、これは知の独占システムといってもよいでしょう。

厚生労働省の資金によって実施・継続され、広島・長崎の被爆・被曝者の晩発性の死を対象とした調査研究が英語でしか読めない・・・日本国民をバカにした話しであり、原爆による晩発性疾患で亡くなった方々を冒涜する理不尽な非道です。

怒りが収まらないものだから、報告書全文を日本語訳してブログに公開しました――

(ここから見えます。↓)
放射線影響研究所「原爆被爆者の死亡率に関する研究:1950-2003」日本語版
http://besobernow-yuima.blogspot.jp/2012/05/abcc-1950-radiation-research-14-1950.html


 危惧しているのですが、放影研や米誌Radiation Researchあたりから著作権を振りかざして、ブログ記事の削除を求めてくるかもしれません。そこで戦略として考えたのですが、ブログ転載やPDF文書のアーカイブス保管など、可能なかたは、この文書のゲリラ的拡散・分散にご協力願えないでしょうか?


井上利男

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宮城県の七ヶ宿町

宮城県の七ヶ宿町
七ヶ宿町(しちかしゅくまち)2012年5月11日
東北の町に行って来ました。宮城県の七ヶ宿町です。
案内してくれた方は、先の震災で被害に遭いこの町に引っ越して来た
造形作家Iさんです。
七ヶ宿町は白石川をはさんだ高原の町でした。大きなダム湖があります。
りんごや桃や梨の果樹園があります。五月中旬でしたが、寒気が入り込んでいたので寒くて風も強い日でした。
山菜を採ろうと行った畑には猪がミミズを掘り返した跡がありました。野生動物もいっぱいいるそうです。果樹園に鹿が出たとか。~鹿(ニホンシカ)でなくてカモシカ(ニホンカモシカ)です。~
ぶゆがいるから注意、刺されるよ。今日は風が強いから飛ばされてしまうからいないみたいだけど。りんごの果樹園でりんごの木に下がっていたペットボトル、なにかと聞いたらスズメバチを取る為の仕掛けでした。いっぱい捕まっていました。スズメバチは作業の邪魔なんですね。花を受粉させるのにニホンミツバチがいいなーと彼は言いました。寒くても働くし、いわゆるミツバチは寒くなると働かないからと。

今は桃と梨の花とりんごの花がさきほこっていました。八重桜も満開。
夜、星がきらきらと、東村山では見ること出来ないなー自然環境がしっかりのこされていました。

翌日Iさんの秘密の修行場所の岩場に行きました。綺麗に光る石のある場所で、Iさん、いわく昔は山伏さんと関係ありそうな、パワースポットだったんじゃないかな~。実は荒らされるのを恐れて場所はおおやけにしていないのでした・・・そして夏にはマムシがいるそうです。これで誰も行かないかも。

八重桜を取りに行ったこの町の人口を調べたら1670人ほどで東村山約150000人の百分の一ぐらいでした。大自然を相手に強く暮らさなければならない土地でした。(東京の奥多摩なんかも似てるが)
出荷する食品などは放射能検査をしているそうです。また町内の方の食べるものは役場で無料でやってくれているそうです。

もーしなれるんなーらりんごの花になっちゃおう~♪♪歌を思い出しました。

しらんぷり
   林権三郎  作詞
        小六禮次郎 作曲 編曲

もしなれるんなら
林檎の花になっちゃおう
あの枝いっぱいぼくは咲いて
ママのおしごとみていてあげるよ
でもママがいくら呼んでも
ぼくは知らないよ
しらんぷりさ

もしなれるんなら
林檎の花になっちゃおう
あの風呼んでぼくは散って
ママのからだをつつんであげるよ
でもママがいくら呼んでも
ぼくはしらないよ
しらんぷりさ

もしなれるんなら
林檎の花になっちゃおう
あの空いっぱいぼくは咲いて
星がでるまで待っててやるんだ
でもママがいくら呼んでも
ぼくはしらないよ
しらんぷりさ
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飯舘村からのつぶやき 瓦礫の広域処理・除染

震災瓦礫の広域処理

ツイッターから知人のつぶやきです。東久留米市の柳泉園で瓦礫受け入れも北九州の話もみな同じです。彼が投稿した新聞記事も載せていますので読んでみてください。

飯舘村農民見習い伊藤延由 @nobuitou8869

瓦礫の広域処理についての私の見解:4月15日に新潟の地元紙に掲載されたものです。若干訂正すれば宮城県だけでなく岩手県の稲藁も汚染されていました。薪ストーブの燃焼実験で重量比1/90ですから、ゴミ焼却施設では1/100、1/200になる?

国が行なっている瓦礫の広域処理、除染は今のやり方では放射性廃棄物(死の灰)を拡散するだけ。今回の事故の教訓は死の灰は一度排出したら回収の手立てが無いと言う事。彼方此方で“除染アドバイザー”なる人が暗躍し稼ぎまくっているが、誰も未経験の分野で、しかも素人でも判る嘘を平気で言って。

除染アドバイザーを名乗る人が某テレビで、飯舘村の除染について“山からやらないと効果が無いと言う噂があるが”とのたまった。村人の多くは飯舘村は75%が山林。宅地、農地、山林とした除染順序が逆である事を承知している誰が考えても山林を放置しての除染は除染業者の為の除染だ。
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飯舘村からの手紙

今年の一月のある日、近くの友人の家で見つけた郵便物は、前から聞いて

いた福島の飯舘村の方からの手紙でした。飯舘村はすごく良いところで、

手紙の主から「日本ミツバチを東京でも飼って見ないか」と言う提案があ

ったのだと友人は話していました。筆で書かれた住所書きを見てうーんい

いなーっと思ってふと見た切手が農村の風景でした。それからしばらくそ

の切手を見ていたのですが、消印が23.3.11となっています。あれ

!!これはあの震災の日ではないか。また受付時間を見るとその日

の午前になっている。今、手紙の主は福島市に避難していて飯舘村に

居ない(住めないのが現実)。そして原発事故で東京電力に対して

慰謝料請求訴訟をしているそうです。

切手の写真を見ながら色々考えてしまう。
K3300048.jpg
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